ファインマンさん,力学を語る

冬眠中のすべての詰将棋作家に。

ファインマンさん,力学を語る


理論物理学者のファインマンノーベル賞を受賞の後,スランプに陥ったそうです。自分にはもう理論物理学の第一線で独創的な貢献ができないのではないかと疑っていました。


そのファインマンがスランプから立ち直った素敵なエピソードを引用したいと思います。

 

私は居眠りをしながら朝のコーヒーを飲んでいました。彼らの会話に耳をすませているうちに,その人は,フランシス・クリックとのDNAの二重らせん構造の共同発見者のジェームス・ワトソンであることが分かってきました。彼は「正直なジム」と題するタイプした原稿を持っていました。彼はファインマンがそれを読んでくれることを希望していたのです。ファインマンは,その原稿を見ることを承知しました。

その夜,ファインマンに敬意を表して,クアドラングル・クラブでカクテル・パーティとディナーがありました。そのカクテル・パーティで,当惑顔の主人役が私に,「どうしてファインマン先生はお出でにならないのですか」とたずねたのです。私は続き部屋に上がっていきました。すると,ワトソンの原稿に夢中になっているファインマンを見つけました。私は,彼が主客なのだから,パーティに下りてこなければいけないと力説しました。彼は渋々そうしましたが,ディナーが終わると,礼儀の許すかぎりの早い時間に逃亡してしまいました。パーティの終了後,私はその続き部屋にもどりました。するとファインマンは,居間で私を待っていました。「君もこの本を読まないといけない」と彼は言いました。「もちろん,私もそれを楽しみにしています」と私は答えました。

「いや,今すぐにだ」と彼は言い返しました。それで私は,その居間に座って,早朝の一時から五時までかかって,後に「二重らせん」という本になる原稿を読んだのです。その間,ファインマンは,辛抱づよく,私が読み終わるのを待っていました。ある所まで来たとき,私は顔をあげて言いました。

「ディック,この男は非常に頭がよいか,あるいは非常に幸運だったかのどちらかに違いない。彼は,この研究領域で何が進行中であるのかを,他の誰よりも少ししか知らなかったと絶えず主張している。それなのに,決定的な発見をしたのだ。」

ファインマンは,部屋の中を跳び越えてきて,便箋を私に示しました。それは,私が読んでいる間に,熱心にいたずら書きをしていたものです。そこにはたった一語だけ書いてありました。それは,あたかも手の込んだ中世の文書を書くかのように,鉛筆の線で飾りたててありました。その言葉は「無視」でした。

「自分が忘れていたのは,そのことだ。お前はお前さん自身の仕事に心を砕け。他人が何をしていようと,そんなことは無視しろ」

と,彼は真夜中に叫びました。夜が明けるとすぐに,奥さんのグウェネスに電話をして言いました。

「わかったようだ。もういちど働けると思う。」


ファインマンさん,力学を語る」ISBN:4000059394 グッドスティーン 岩波書店より