トラウマとなるおふくろの味

今日,食事をしていて薩摩芋の天ぷらがでた。「ああ,薩摩芋の天ぷらって美味しいんだ」と思った。でも,何故いままで薩摩芋の天ぷらって印象が悪かったんだろぅ。そして思い出した。
子どもの頃,いやだった夕食のメニューがある。それが皿一杯に盛られた薩摩芋の天ぷらだったのだ。他に人参の天ぷらもあったのかもしれない。しかし,記憶に残っているのは薩摩芋の天ぷらだけ。これってご飯のおかずとしての機能が弱いんだよなぁ。口の中がぼそぼそしてくるし,ご飯がのどにつっかえる。就職したての新人の頃,先輩にだまされて「焼きそば定食大盛」を注文した時,山盛りの焼きそばと丼に山盛りのご飯に目を疑ったが,焼きそばの方がご飯のおかず能力は断然高い。そのときだって,その大量の炭水化物を完食した。しかし,薩摩芋天ぷらとご飯の夕食は食べられなかった。
女房の場合は,「じゃがいものフライとご飯」というのがトラウマだそうな。なんとなく近いものを感じる。「厚揚げを焼いたものとご飯」もそうだという。,,,,それは私的にはOK。
他にもトラウマとなっているおふくろの味があったような気がするのだが,思い出せない。忘却の彼方に押しやりたいという潜在意識が働いているのであろう。
ああ,大人になってよかった。