憲法 星野安三郎 著 勁草書房 より

ちと長いですが,戦争放棄と軍備禁止の所,引用します。


政府の行為による戦争を防止するためには,何よりも,戦争の否認・憲法的にいうならば戦争権の放棄と軍備禁止をすることであった。そして,そこから論理必然的に,戦争放棄と軍備禁止が憲法の最大眼目の一つとされたことである。憲法制定議会における吉田首相の提案理由も,次のようにいっていた。
「改正案は特に1章を設け,戦争放棄を規定致して居ります。即ち国の主権の発動たる戦争と武力に依る威嚇または武力の行使は,他国との間の紛争解決の手段としては永久に之を放棄するものとし,進んで陸海空軍その他の戦力の保持および国の交戦権をも之を認めざることに致して居るのであります。是は改正案に於ける大なる眼目をなすものであります。斯かる思い切った条項は,およそ従来の各国憲法中稀に類例を見るものでございます。斯くして日本国は永久に平和を念願して,其の将来の安全と生存を挙げて平和を愛する世界諸国民の公正と信義に委ねんとするものであります。この高き理想を以って,平和愛好国の先頭に立ち,正義の大道を踏み進んで行こうという固き決意をこの国の根本法に明示せんとするのであります。」(衆本,昭21.6.25)

戦争権と軍備を放棄することは,世界史上画期的な問題であっただけに多くの議論をまき起こした。軍備なければ独立国ではないという意見であった。東大総長南原繁(無所属)は,
「戦争あってはならぬ。是は誠に普遍的な政治道徳の原理でありますけれども,遺憾ながら人類種族が絶えない限り戦争があるというのは歴史の現実であります。従って私どもは此の歴史の現実を直視して,少なくとも国家としての自衛権と,それに必要なる最小限度の兵備を考えるということは,是は当然のことでございます。……アメリカ国の或る評論家が批評致しましたように,いやしくも国家たる以上は,自分の国民を防衛するというのは,又そのための設備を持つということは,是は普遍的な真理である。之を憲法に於いて放棄して無抵抗主義を採用する何等の道徳的義務はないのであります。……若しそれならば既に国家としての自由と独立を自ら放棄したものと選ぶ所はないのであります……」
と反対した。これに対し,幣原国務相は
マッカーサー元帥は本年4月5日対日理事会に於ける演説中,此の第9条の規定に言及致しまして,世間には戦争放棄の条項に往々皮肉の批評を加えて,日本は全く夢のような理想に子どもらしい信頼を置いて居るなどと冷笑する者があります。今少しく思慮のある者は,近代科学の駸々たる進歩の勢に目を着けて,破壊的武器の発明,発見が,此の勢を以て進むならば,次回の世界戦争は一挙にして人類を木っ端微塵に粉砕するに至ることを予想せざるを得ないであろう。これを予想しながら我々は尚躊躇逡巡して居る,わが足元には千仞の谷底を見下ろしながら尚既往の行懸りにとらわれて,思い切った方向転換を決行することが出来ない,今後更に大戦争の勃発するようなことがあっても過去と同様人類は生き残ることが出来そうなものであると云うが如き,虫の良いことを考えて居る,是こそ全く夢のような理想に子どもらしい信頼を置くものでなくて何であろうか,凡そ文明の最大危機は,斯かる無責任な楽観から起こるものである,是がマッカーサー元帥が痛論した趣旨であります。実際此の改正案の第9条は戦争の放棄を宣言し,我が国が全世界中最も徹底的な平和運動の先頭に立って指導的地位を占むることを示すものであります。今日の時勢に尚国際問題を律する一つの原則として,或る範囲内の武力制裁を合法化せんとするが如きは,過去に於ける幾多の失敗を繰り返す所以でありまして,最早我が国の学ぶべきことではありませぬ。文明と戦争とは結局両立し得ないものであります。文明が速やかに戦争を全滅しなければ,戦争が先ず文明を全滅することになるでしょう。私は斯様な信念を持って此の憲法改正案の起草の議に与ったのであります。」(貴本,昭21.8.27)


 「日本の安全もなにもかも世界の良識を信じてまかせてしまうんだ」という9条に対し,「現実には人類の歴史は戦争の歴史なんだよ。」という意見がでました。それについては「それを続けたら人類は滅びてしまうよ」という答弁でした。


 私自身は南原氏の主張に共感するものです。「人類の歴史は戦争の歴史」…その通りだと思います。実際にはそれよりも以前に長い原始共産制の時代があったとしても,現に農業を発明してしまった以上,そして農業を捨てるわけにはいかない以上,先の言説は正しいと思います。
 その現実の上に戦争放棄・軍備廃止というのは,いわば日本国民に殉教を強いるようなものに思えます。すくなくとも,まず世界の中でまず日本が先頭に立って滅びようという主張に聞こえます。
 留守にするとき,家のドアに鍵をかけない。私はみなを信頼するんだ。という人が居たら,犯罪を誘発するという理由でみなにとっても迷惑ですよね。